適応障害を理由に休職することとなっても、どうのように休めば良いんだと悩むことも多いと思います。僕自身もそうでした。休んでいるつもりでも、心療内科の先生には「あなたは休んでいないので、しっかり休んでください」と何度も言われました。
休み方がわからない・・・。参考例として、僕の実体験。
休職期間中の休み方は人それぞれだと思いますが、少なくとも段階があります。
- 初期段階
- 回復段階
- 復職準備段階
これは様々な専門家がインターネット上で言及しているので、僕自身が実践していた休み方を紹介していきます。
僕の休み方:初期段階
ひたすら寝ていました。12時間以上寝ることは当たり前で、体が動かず、動く気にもなれない。休職しても仕事でのストレスが僕を縛って、なかなか眠ることもままならなかったので、心療内科から処方される薬を欠かさず服用していました。休職した初期の頃の1日のスケジュールはこんな日が多くありました。
休職した直後~1か月程度の1日のスケジュール
13:00 起床 / 昼食
15:00 TVやNetflix
19:00 夕食 / お風呂
22:00 就寝
どうしても自分を責めてしまったり、仕事が忘れられなかったり、人生が暗く、いつまでこんな生活が続くのだろうと恐怖を感じながら、過ごしていました。
僕の休み方:回復段階
回復段階に達したのは、休職してから2~3カ月くらい経過してからでした。徐々に早く起きれるようになっていきましたが、起きれない日も続き、規則正しい生活にはまだまだ程遠いと言った状況でした。
適応障害を発する前のような生活が出来ないことに焦っていました。どういうことかと言うと、「早く前のように戻りたい」、「普通の生活が出来るようになりたい」、「不安な気持ちを取り除きたい」、「どうしたらいいんだろう」、「昔はどうやって生活していたんだっけ?」などとよく考えていました。その時の僕はインターネットで調べた情報を頼りに色々なことを試していました。
休職して2~3カ月して実践した休み方
- 散歩 / ジョギングなどの運動
- Netflixで映画 / ドラマのシリーズ鑑賞
- 精神疾患を患った人たちと会う
- 読書
- 家族で一緒に寝ることを止め、一人で寝る
- ポジティブ3行日記
- カウンセリングの受診
- 心理系YouTuberの良いとこの取りまとめ
- 子供に勉強を教える
色々と試行錯誤し、長くは続きませんでした。長く続いたものは、Netflixくらいで、それ以外のことを始めるにはまだ早かったと今だと思います。
この頃の僕の状態が本当に回復期になっていたかは分かりませんが、休職した当初よりは症状が緩和していることが実感としてありました。そして、僕は焦っていました。この焦りにはさまざまな心情がありましたが、簡単ですが、こんなことです。
休職して2~3カ月の時の僕が状態やよく思っていたこと
- 規則正しい生活がしたいのに、出来ない
- 今日もなにもしないで1日が終わった
- 集中することが出来ない
- 貯金がどんどん減っていく
- 将来どうなってしまうんだろう
- 昔の僕は超人のように働いていた(普通に働いていただけですが、この時は普通が出来なかったので)
- (大したことでないのに)突然、家族に対する怒りが湧いてしまう
- ○○や××をしないといけないのに、出来ない
- スナック菓子を食べ過ぎてしまう(今までスナック菓子を食べる習慣などなかったのに)
- ローンを払い続けられるだろうか
- 会社の人事からメールが届くと嫌な気持ちになってしまう
休職することで、傷病手当金があるものの会社からの支給はなくなり、社会保険料の請求書が届き、お金に対する不安も強くありました。この時は傷病手当金についての知識もなく、調べる気力もありませんでした。人と会うこともめっきり減ってしまいますし、適用障害はストレスから離れて6カ月以内に症状が改善されるなどとインターネット上でよく目にしていたので、そのような情報も僕を焦らせた要因でした。
心療内科の先生には、「脳が疲れているんです、脳を使わないでください」、「休むことは、食べて寝ることです」と何度も言われました。
僕の休み方:復職段階
4カ月を過ぎた頃、先生の言いつけを守り、脳を使わず、休むことに専念したこともあり、朝も起きれる回数が増えてきて、活動的になりました。それは、友人と会ったり、ジムに通うようになったり、家族で外出も出来るようになりました。
4カ月を過ぎた頃、出来るようになったこと
- 銭湯通い
- カフェで読書
- 瞑想教室に通う
- ベランダ菜園
- 早起き
- お酒の解禁
- 友人と会い、適応障害を打ち明けられる
- ジムでランニングや筋力トレーニング
- ジャーナリング
4ヶ月半が過ぎた時、先生から「復職してもいいですよ」とコメントをもらうことが出来ました。しかし、復職を考えると、また嫌な気持ちになり、心臓がドキドキしていました。最終的に、転職を決意し、先生も後押しをしてくれました。また別の機会に書きますが、休職した場合に選択肢は、復職か転職かで悩むと思いますが、それはまた別の機会に書きたいと思います。
お酒については人によると思いますが、僕の場合はあまり良い方向になりませんでした。商社マンとして、取引先との会食は多くありましたし、お酒が好きなこともあって休職する2週間前まで会食をしていました。そんな僕が休職後は、時々飲んでいましたが、飲まない日が大半を占め、先生から飲んでも良いと言われ、とても嬉しかったことを思い出します。そして、適応障害になる前のように自宅で飲み始めてしまいました。
お酒を飲んでしまうと、翌日は起きれなくなってしまい、安定していた精神状態のバランスが崩れていくことを感じながらも飲み続けてしまい、回復が遅れたことは間違いないと思います。
転職を選んだ僕はなかなか苦しい道を選んだことを実感します。40歳を超えて、管理職経験者で、精神疾患で休職している人を雇いたいという会社が全然ないということを目の当たりにしました。転職活動は苦労しましたが、需要がありそうであれば、転職奮闘記も書いていこうと思います。
転職活動を開始して、2カ月経過した頃(休職して、7カ月ほど)無事に内定をもらうことが出来、転職し、現在に至ります。
まとめ
人によって休職期間の過ごし方や、適応障害の度合いによっても異なってくると思います。僕の場合は、中度程度だったと思いますので、比較的早い段階で社会復帰することが出来ました。(中度は自分の勝手な解釈ですが…)
現在の状態が、適応障害を発症する前の状態に戻ったかと聞かれれば、NOです。感覚としては、新しくバージョンアップしたという表現が正しいと思います。
前のように戻るんだと強く願っていた時期がありましたが、休職することで自分を見つめ直す時間が出来ましたし、考え方や仕事への取り組み方などを改めることが出来ました。
会社規定や懐事情があって、完治や寛解まで至っていない方が復職や転職をしなければならいケースもあると思いますが、可能であれば、克服や再発対策などが出来るような状況 / 状態になるまでは休職されることをオススメします。
お金は後でどうにでもなりますが、体や心の方が大切です。今回の内容が少しでもみなさんのお役に立てることを祈っています。